硬質クロムメッキはクロムメッキの1つで、クロム金属が1μm以上メッキされたものを指します。硬質クロムメッキのことをハードクロムメッキと呼ぶこともありますが、どちらも同じ意味になります(本記事では硬質クロムメッキで統一します)。硬質クロムメッキは厚いメッキを施すことにより硬度と耐摩耗性に優れているため、機械部品や金型など工業製品によく使われています。
目次
前述した通り、硬質クロムメッキは硬度と耐摩耗性、密着性に優れていることから工業製品によく使われるため、JIS規格では「工業用クロムメッキ」とも呼ばれることもあります。硬度はHv750以上あり、膜厚は1μmから100μmまでありますが、メッキを厚くすることでより高い耐久性を得ることも可能です。
この硬度・耐摩耗性・耐食性はメッキ皮膜の物性が関係しており、その皮膜物性に大きく関わっているのがクロムメッキ浴の浴組成とメッキ条件です。最近の傾向では高硬度、高耐食、高効率の「HEEF浴」といわれるマイクロクラッククロムメッキ浴が増えています。
硬度や耐摩耗性があるほかにも、クロムメッキは摺動(しゅうどう)性や離型(りけい)性(※型からの外れやすさという意味)が良いという特徴があります。そうした性質があることも、硬質クロムメッキが工業製品や機械部品に多く使われる理由のひとつです。[1]
硬質クロムメッキの他に、同じクロムメッキの仲間として装飾クロムメッキ(ニッケルクロムメッキともいう)と言われるメッキもあります。
装飾クロムメッキは主に美観を持たせたい製品に対して用いられます。光沢のある色調で意匠性があるので、外観をきれいに整えるために使われることが多いですが、ニッケルメッキの保護膜として使われたり、製品に更に硬度をもたせたりする目的で使われることもあります。その他のケースでは、高い耐食性を得るために用いることもあります。
クロムメッキで用いられる金属クロムは、大気中で酸素と結合し、表面に透明で極めて薄い不動態膜を形成します。メッキ表面が空気に触れることで酸化皮膜が形成されるので、耐食性が強くなるというわけです。これにより、銅・ニッケルメッキがもつ美しい光沢・耐食性に、さらに優れた耐食性・安定性が加わることで美しい外観を保持することができます。製品の美観性に優れているという特性から、水道蛇口などの設備部品や、自動車の外観部品などに使用されます。
ここでは、クロムメッキの原理について説明します。
クロムメッキは、メッキ液中の金属イオンが電子をもらい、陰極にクロム金属となり析出します。
クロムはイオン化傾向の大きな金属(卑金属ですが、空気中の酸素で透明で緻密な酸化皮膜を瞬間的に形成し、銅より貴な電位を示す耐食性の優れた皮膜になります。
硬質クロムメッキの場合は、メッキ液の構成や電析メカニズムが他の金属メッキとは異なり、一般のメッキは、一価や二価イオンからの電析ですが、硬質クロムメッキは六価からの電析になります。
硬質クロムメッキは、直接母材にクロムメッキを施し、硬度が高く耐摩耗性がある皮膜をつくることが出来ます。硬質クロムメッキの特徴は大きく、高硬度、耐食性、膜厚を厚くする、耐摩耗性などがあります。それぞれについて解説していきます。
装飾クロムメッキの特徴は大きくわけて以下の3つになります。
装飾クロムメッキは、光を効率よく反射する特性を持っています。よく街中で見かけるシルバー色でキラキラしているものはクロムメッキが施されており、アクセサリーでも採用されるほど美しい光沢を放ちます。その高級感や清潔感によって、美術館で使う器具や車のエンブレム、医療の現場によく採用されています。
メッキした製品は、高温の状態で長い期間置いておくと、酸化・変色します。しかし、クロムメッキは、熱反射性が高く酸化反応が遅いため、条件があるものの高温の状態で置いておいても酸化・変色がありません。
クロムメッキは、耐食性が高いという特徴もあります。その理由としては、クロムメッキの下地としてニッケルメッキが使われることで耐食性が強化されるからです。
変色や腐食しにくい特性を持つクロムメッキは、住設機器や自動車部品、工業製品など幅広い用途で使われています。
硬質クロムメッキの皮膜特性ついて詳細を解説します。
硬質クロムメッキ皮膜特性 | |
---|---|
組成 | Cr 99.8% |
密度 | 6.9〜7.2g/㎤ |
融点 | 1880〜1900℃ |
沸点 | 2482℃ |
密着性(鉄素材に対して) | 50,000〜70,000psi |
膜厚(素材や形状によって変化) | 1〜1000μm以上 |
電気抵抗率 | 金属の場合・・・125nΩ・mat20℃ 硬質クロムメッキ皮膜・・・28℃で50~60μΩcm(処理条件により変化) |
摩耗性数 | 静摩擦係数 0.14程度 動摩擦係数 0.12程度 |
熱膨張係数 | クロム金属として 6.2×10 -6K-1 at20℃ |
熱伝導率 | 93.7W/(m・K)at27ºC |
耐熱性 | 200℃から400℃までは高硬度を保持し400℃を超えると徐々に皮膜硬度が減少する。500〜550℃付近で急激に減少し、さらに600〜700℃に加熱すると、硬度は、Hv400近くに低下し、通常のクロムの硬さに等しくなる。以後さらに温度を上げても、硬さの変化は極めて徐々に下がる傾向にある。 |
離型性 | メッキ表面のエネルギーが低いため、他の物質との凝着がしにくい特徴があり離型が比較的容易である。 メッキ前後のバフ研磨を併用することで離型性は更に向上する。 硬質クロムメッキは型離れしやすい特徴があるため、様々な型に用いられ、金型やローラー部、ガイド部などにも利用されている。 |
摺動性 | 素地表面の粗さの状態がメッキの仕上げや耐食性に大きな影響を与えるため、表面を磨いてピカピカにするバフ研磨が重要であある。メッキ表面をバフ研磨で仕上げをする場合に使用する研磨剤(酸化クロム)の微粒子が潤滑剤の役割を果たし、摩擦係数を低くし摺動性を向上させる。 |
潤滑性 | 硬質クロムメッキ皮膜の電析(メッキ処理中)時に引張応力により発生するクラックへ潤滑油を浸透させることによって特性を得ることが出来る。 保油性に優れ、摩擦係数の低い皮膜(対鋼で0.16)のため、摩擦相手と凝着しづらく、金型部品などに使われている。 |
磁性 | 非磁性 |
電流効率 | 10~25%程度 |
ヤング率 | クロム金属として248×10(superscript:9)(10の9乗)N/㎡ |
水素脆性 | 水素脆性とは、前処理及びメッキ処理の過程で、被メッキ物が水素を吸蔵して延性又はじん(靭)性が低下する現象のことをいう。硬質クロムメッキは電流効率が悪く、水素を大量に発生しながらメッキされるので、素地に水素の一部が侵入し、特に高炭素鋼では水素脆性が起こりやすくなる。 |
水素除去 | 水素除去とは、硬質クロムメッキ中や表面に含まれる水素ガスに脱水素処理を施し、水素を除去することをいう。200℃前後にて3時間程度加熱処理(べーキング処理)を行う。メッキ膜厚が非常に厚い場合や、メッキ浴の温度が低い場合には、水素吸蔵量が多くなるため、加熱処理を長くする必要がある。加熱処理によってクロムメッキ層に顕微鏡で確認出来るクラックが発生するが、特殊な場合以外は、特に欠陥とはならない。 |
【耐食性】
【硬さ】
【耐摩耗性】
【耐熱性】
硬質クロムメッキ皮膜を侵食する主な化学薬品には以下のようなものがあります。
基本的に「酸性」のものに対して溶解します。ピンホールが発生することで、素材から錆が発生することもあります。
塩酸 | フッ酸 |
リン酸 | 希硫酸 |
クロム酸 | 硫酸アルミニウム |
塩化カルシウム | 硝酸 |
硫酸銅 | 塩化第一鉄 |
塩化第二鉄 | 塩化亜鉛 |
塩化すず | シュウ酸 |
クエン酸 | 乳酸 |
硬質クロムメッキは主に3種類のメッキ浴の種類があり、それぞれ物性や用途が違っています。
サージェント浴は90年近く前にSargent氏により開発されたクロムメッキ浴で、もっともよく使われているメッキ浴です。
液組成:無水クロム酸(三酸化クロム CrO3)を主成分とし、これに触媒根として微量の硫酸を添加した単純な浴組成です。構成は無水クロム酸:硫酸=100:1(重量比)です。温度 50℃、電流密度 40A/ d㎡ が標準です。
無水クロム酸と硫酸のみを含有する極めて単純な浴で、管理がしやすく幅広い用途で利用されています。硬度と耐摩耗性を生み出すことが出来るメッキ浴で、最も古く、広範囲で使用されてるものです。
他の2つの浴と比べて硬度が低い・メッキの表面粗さが粗い、光沢があまりない、メッキ処理時間が長い、メッキの耐摩耗性で劣るという点があります。
電流効率は低く、メッキ析出速度も遅いため、1時間で20μm程度しかつけることができません。
しかし、部分メッキをする際など、メッキが付かない部分の腐食を抑えることができる点から、長期にわたって一般的なメッキとなっています。
基本組成としてのサージェント浴にフッ素化合物を微量に添加することで、つきまわり性やメッキ速度を改善した硬質クロムメッキ浴です。
液組成:無水クロム酸、硫酸、三価クロム、触媒(フッ化物)で構成され、温度 55℃、電流密度 40A/d㎡が標準です。
サージェント浴と比較して、電流効率が高いため、メッキ析出が速く、鉄・鋳物へのつき回りが良く、生産性で優れています。また。光沢範囲が広い、メッキ液自身の活性力も強い、密着性がよく、重ね付けにも向いているなど利点も多くなっています。
メッキが析出しない低電流密度部分(ノーメッキ部分)で鉄素材が溶解するため、陽極、専用治具、メッキ設備が腐食しやすくなり設備費用が高くなってしまいます。
また、部分メッキの場合、メッキの付かない部分が腐食しやすいため、銅、真鍮にはあまり向いていません。
HEEF(ヒーフ)浴(高効率浴)は、基本組成としてのサージェント浴に特殊な有機物触媒を微量添加した浴で薬品メーカーの商標のメッキ浴です。
無水クロム酸、硫酸、三価クロム、有機物触媒を含有する高速メッキ浴。温度60℃、電流密度60A/ d㎡ が標準です。
電流効率が高く、低電流密度部分(ノーメッキ部分)を溶解せずに従来浴の2〜3倍のメッキ析出が可能で、析出スピードも速いため量産、自動化に適しています。品質としては高硬度で光沢が良く、被覆力と均一電着性が優れています。皮膜はマイクロクラックが生成しやすいため腐食しにくく耐食性が良いです。
腐食性が強い強酸液のため設備損傷や腐食が激しくなり高額な設備投資が必要になります。また、特殊な有機物触媒を使用するため自社分析が出来ず、材料メーカーの分析と調達になり触媒原価が高くなります。標準の温度が高く、腐食性が強い強酸液のため設備損傷が多いのもデメリットになります。
硬質クロムメッキ用途例とその時のメッキ厚さ例を紹介いたします。
区分 | 用途 | メッキの厚さ例 (μm) |
---|---|---|
ロール | 高分子化合物用 | 30 |
製紙用(カレンダ類) | ||
紡織用 | 20 | |
鉄鋼加工用 | 50 | |
非鉄金属加工用 | 30 | |
金型 | プラスチック成形用 | 10 |
一般打抜き及び成形用 | ||
ガラス成形用 | 50 | |
医薬品、食品用 | 10 | |
鍛造用 | 30 | |
窯業用 | 50 | |
シリンダー及びライナー | 油圧・空気圧機器用 | 20 |
水圧機器用 | 30 | |
ガソリンエンジン用 | 50 | |
ディーゼル及びガスエンジン用 | 100 | |
ピストン及び ピストンロッド |
油圧・空気圧機器用 | 20 |
水圧機器用 | 30 | |
ポンプ用 | 20 | |
一般機械用 | ||
ディーゼル及びガスエンジン用 | 100 | |
ガソリンエンジン用 | 5 | |
ピストンリング | ガソリンエンジン用 | 50 |
ディーゼルエンジン用 | 100 | |
工具 | 切削用、計測用 | 3 |
シャフト及びジャーナル | 一般機械用シャフト | 30 |
内燃機関用シャフト | 50 | |
一般用ジャーナル | ||
その他機械部品 | 紡織機用部品 | 20 |
エンジンバルブ | 5 | |
一般機械部品 | 20 | |
写真及び印刷用品 | フェロタイプ | 5 |
フィルム加工用 | 10 | |
印刷用ロール及び板 | 2 |
硬質クロムメッキは鋭い角部にはメッキが厚くつきバリが出やすくなります。隅部や複雑な形状には、メッキがつかないか、つきにくくなります。
そのため、角部にRをつけられるものは出来るだけ大きくとり、隅部(特に形状部ツバのついた軸の根元等)には、できれば逃げのあることが望ましいです。複雑な形状の場合には治具の製作が必要となります。[3]
熱処理された鋼は肉眼では見えない割れ目を有する場合があり、母材によってはメッキ後にクラックを生じて使用に適さなくなります。
熱処理は均質に施し、素地組織に変更のないものが望ましいです。
メッキの記号は、クロムメッキの元素記号「Cr」の前に工業用を表す記号「I」つけて表す。ほか、JIS H 0404および下表による。
加工方法 | メッキ前 | メッキ後 |
---|---|---|
バフ仕上げ | 1BF | 2BF |
ポーラス加工 | 1P | 2P |
ラッピング | 1GL | 2GL |
超仕上げ | 1GSP | 2GSP |
液体ホーニング | 1LH | 2LH |
ブラスト仕上げ | 1SB | 2SB |
グラインダ加工 | 1G | 2G |
硬質クロムメッキ | Hard chrome plating |
---|---|
装飾クロムメッキ | Decorative chrome plating |
クロム | chromium |
マイクロクラッククロムメッキ | Micro crack chrome plating |
ニッケルメッキ | Nickel plating |
耐食性 | Corrosion resistance |
酸素 | oxygen |
不動態膜 | Passive film |
酸化皮膜 | oxide film |
銅 | copper |
光沢 | luster |
電子 | electronic |
陰極 | cathode |
卑金属 | base metal |
電析 | Electrodeposition |
電気メッキ | electroplating |
電位 | potential |
均一電着性 | throwing power |
専用ジグ | Dedicated jig |
摩擦係数 | Coefficient of friction |
かじり現象 | galling phenomenon |
脱脂 | Degreasing |
酸活性 | acid activity |
陽極処理 | anodizing |
硬質クロムメッキと装飾クロムメッキの特徴について解説しました。
装飾クロムメッキはキラキラとしていてアクセサリーとしても使われる美観性を持っています。硬質クロムメッキは美観性に加えて硬度や耐食性などをさらに強化したものとなっております。それぞれの特性・用途によって、どちらを選択するかが決まります。
光沢をあまり必要とせず、硬度が必要な場合は、硬質クロムメッキをおすすめします。
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脚注